名前を教えてあげる。
美緒が公園の片隅で恵理奈を抱っこしながらスマホを弄っていると、
『中学生かと思った』
『あれで子育て出来てるのかしら?』
『元ヤンでしょ。シングルなのかもね』
聴こえるようなひそひそ話が嫌で、恵理奈と2人、家にこもりがちになっていた。
最初は面倒だと思った順の勧めも、一歩踏み出してしまえば、新鮮なことばかりだった。
教習所の教官の中には、少ないけれど、若い男もいた。
密室の車の中で横に並び、なんとなく世間話をしたりする。
それが思いがけなく弾んだ会話になると楽しいひと時を過ごせる。
恵理奈を生んでから無我夢中で子育てだけをしてきた美緒にとって、順以外の男と接するのは刺激的で、生き返るような気持ちがした。
(あっ…今日は当たりかなあ?)
ユニフォームのグレーのスーツを着た男がフロントガラスを横切る。
猫背気味だが、細身の身体と歩き方に若さがあった。
「…こんにちは。星野です」
男が助手席に乗り込んで来た瞬間、美緒の鼻は、爽やかな甘い香りと煙草の臭いを嗅ぎ取った。
(あ、これウルトラマリンだ…)
高校時代、間柴真由子と雑貨屋のコスメコーナーでよく[利き香水]をやって遊んでいたから、覚えがあった。