名前を教えてあげる。
月と太陽
ライブハウスでミュージシャンの生演奏を聴くなんて、初めての経験だった。
フロアに入る前、美緒は哲平に連れられ、メンバーの控室に顔を出した。
「おう、これ」
哲平が陣中見舞いのジュースが入ったビニール袋を上に掲げると、
「よう、わりぃな」
黒髪をオーバーに逆立て、黒い革ジャンに黒いアイシャドウを塗りたくったボーカリストが拳を突き出し、哲平のそれと軽くぶつけ合う。
「調子は?」
「まあまあだね」
「そっか。じゃな」
「おう。楽しんでいけよ」
(すごーい….みんな、オーラあるなあ〜)
関係者が入り乱れる中、ストイックにギターを弾き鳴らすロックバンドの格好良さに美緒は痺れてしまう。
「『ヒュー』は俺の高校時代のダチで、あいつが加入する前は、俺がこのバンドのボーカルやってたんだ…まあ、メンバーだいぶ変わってるけど」
「え。もったいない!なんで辞めたの?」
哲平は、少し唇を歪めただけで美緒の質問をかわした。
「今夜はこのライブハウスの10周年記念の特別な夜で、人気バンドが何組か集まってるんだ…さ、行くぞ」
「はい!」
敏捷な哲平に置いていかれまいと、美緒は慌てて追いかけた。
ライブが始まると、会話が出来ないほどの大音量に圧倒されてしまった。
ひどく混雑した店内は、照明が落とされ、スポットライトを浴びたステージは別世界のように眩い。
若くしなやかなボーカリスト『ヒュー』が攻撃的な歌詞を叫ぶ。
日本人離れしたルックスが魅力的な彼のファンは、圧倒的に女性が多かった。