名前を教えてあげる。
美緒の無邪気な問いに、哲平は、ふっと皮肉な笑いを漏らした。
「俺は不思議なんだよな。皆、結婚したがるのが」
斜に構え、片目だけを細めて煙草を燻らす。
「えっ、どういうこと?」
美緒は、首を傾げた。
「…結婚して幸せになれるって、なんで思い込めるんだ?必ず幸せになれる保障なんてない。
永遠を誓っておいて、心変わりするヤツが殆どだ。
誠実だと思っていたのに、隠れて愛人作ってたり、借金が残されていたりする。死に別れする場合だってある。
それは寿命だとしても、取り残された力のない者は、途方にくれて死ぬより辛い。
結局、殺意を抱くほど憎しみ合うか、または自暴自棄になるか……
三田村学園は、そんな大人らが捨てた子供の集まりだった」
「……」
哲平は2本目の煙草に火を着けた。
「俺の親父は、鉄工所をやっていたんだ。不景気だったけど、俺が小学生の時までは普通に暮らせてた…
でも、俺が中学生になった年、死んじまった。脳梗塞だった」
「…そうなんだ」
哲平の話は少し理解出来ない部分もあったけど、美緒は素直に受け止めた。
重たい空気に押しつぶされないよう、炭酸の抜けたコーラに乾いた唇を付ける。
とはいえ、三田村学園では子供時代に親を亡くした話はいくらでもあるから、さほど衝撃でもなかった。