名前を教えてあげる。


「…親父が集中治療室に入っている間に、鉄工所に5千万の借金があることが分かった。

すると母親は速攻、離婚届を出したんだ。
表向きは『借金取りから子供たちを守るため』ってな。
臨終にも立ち会わなかった。
葬式にも来なかった。
優しい母親だと思っていたのに、
手の平を返したように冷徹な行動を貫きやがった。

最後にあいつの姿を見たのは、15年前。
俺が13歳になる前日だった。
一緒に親父の見舞いに行った帰り、スーパーで買い物してから帰るって病院の前で別れて、それきり消息不明になった。
それ以来、1度も会ってない。

借金の取り立てを恐れて、俺と弟を引き取る親戚もなかった」


「…弟?」


「ああ。事情が事情だから、兄弟別々の養護施設に入れられたんだ…でも、弟は高1の時、バイク事故で死んじまった…

ま、しょうがないよな」


哲平は、中ほどまであった煙草を灰皿に押し付けた。
返す言葉が見つからず、美緒はサイドの髪を一筋指で掬う。

煙草の臭いが染み付いてしまっているのがわかった。
一瞬、順の困ったような顔が脳裏をよぎる。煙草の臭いが嫌いな順に不快な思いをさせてしまうかもしれない。


(でも、すぐに風呂に入ればいっか…)


儚く燻る白い煙は、哲平の吐息と同じで、受け入れるのが自然だった。


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