名前を教えてあげる。
ーー愛とか恋じゃない。
哲平の才能や生き方を尊敬しているから…
夜の闇を味方につけた今、美緒は自分が無敵になったような気がした。
冷たく乾燥した空気は、遥かの彼方の空まで澄み渡り、美緒に何にも囚われない喜びを思い知らせてくれた。
いくつかのおもりを外すだけで、どこにでも行ける、こんなにも身体が軽くなるのだ、ということを。
哲平は、時間通りに現れた。黒のネックウオーマーで顔の下半分を覆っているせいで、目付きの鋭さが際立っていた。
「ホラ」
エンジン音を轟かせ、ビックスクーターに跨ったまま、銀色のヘルメットを美緒のほうへ、放り投げる。
「あん!もお、すぐ投げるんだからあ」
美緒は胸でキャッチした後、頬を膨らませた。
「早く乗れ」
低い声で言い、目で合図する。
「ねえ」
タンデムシートに跨ったあと、
「このメットって、彼女の?」
哲平の耳元に唇を寄せるようにして、気になることを訊いてみた。
「いや、ちげえよ。昔俺がつか…」
いきなり、爆音を立ててスクーターは走り出した。