名前を教えてあげる。


ーー愛とか恋じゃない。
哲平の才能や生き方を尊敬しているから…


夜の闇を味方につけた今、美緒は自分が無敵になったような気がした。

冷たく乾燥した空気は、遥かの彼方の空まで澄み渡り、美緒に何にも囚われない喜びを思い知らせてくれた。

いくつかのおもりを外すだけで、どこにでも行ける、こんなにも身体が軽くなるのだ、ということを。


哲平は、時間通りに現れた。黒のネックウオーマーで顔の下半分を覆っているせいで、目付きの鋭さが際立っていた。


「ホラ」


エンジン音を轟かせ、ビックスクーターに跨ったまま、銀色のヘルメットを美緒のほうへ、放り投げる。


「あん!もお、すぐ投げるんだからあ」


美緒は胸でキャッチした後、頬を膨らませた。


「早く乗れ」


低い声で言い、目で合図する。


「ねえ」


タンデムシートに跨ったあと、

「このメットって、彼女の?」

哲平の耳元に唇を寄せるようにして、気になることを訊いてみた。


「いや、ちげえよ。昔俺がつか…」


いきなり、爆音を立ててスクーターは走り出した。





< 246 / 459 >

この作品をシェア

pagetop