名前を教えてあげる。
「うわあ!」
咄嗟に美緒は、哲平の身体に廻した手に力を込めた。
エンジンの音でその先はよくききとれなかったけれど、自分が被るヘルメットが彼女のものではない、と哲平が確かに言ったことに美緒は嬉しくなった。
風を切って走る爽快感。
高校時代、バイク乗りの彼氏を持つのが夢だった。
順はバイクには乗らない。
乗りたかったけれど、親が反対するので、諦めた、と前に言っていた。
美緒が命を預ける細身の男は恋人ではないけれど、美緒の願いを叶えてくれた。
「ねね、これって、觔斗雲(きんとうん)みたいじゃない?孫悟空が乗るやつ!」
信号待ちで飛び出した美緒のジョークに哲平はぶっと吹き出す。
「お前のことだから、西遊記じゃなくて、漫画のドラゴンボールだろ?」
前を向いたままからかうように言う。
「西遊記の方だってば!」
周りの車のエンジン音に負けないよう、大声で言い返した。
信号が青になると、哲平のスクーターは、滑らかに走り出した。
振り落とされないように哲平の腰に思い切りしがみつく。
ライダーズジャケットに染み付いたウルトラマリン。そしてその中の動物的な臭い。
順とは違う。