名前を教えてあげる。
「ねえ、哲平、暑くないの?」
店内は暖房が効いているというのに、哲平はなぜかファーの付いたジャンバーを脱ごうとしなかった。
「…ああ。脱ぐの面倒くせえ」
「暑っ苦しいから脱ぎなよ!」
「うるせえって…早く食えよ」
9歳も年下の美緒の命令を、鼻で笑って無視しようとする。
「あっ!分かった!」
美緒はナイフとフォークを振り回すようにして言った。
「もしかして、ジャンバーの下、いきなり裸とか?
だから脱げないんだ?当たりでしょ⁈」
テーブルについた哲平の肘が、ズルッと落ちた。
「馬鹿じゃねえか……お前…こんな冬の寒空に、あり得ねえ…俺は野生動物かよ……?」
美緒の突拍子もない発言に、ついに堪えきれず、くっくっと笑いを漏らした。
ーーねえ、また、友達とライブに行きたいんだけど、いい?
3日前。
美緒が順の背中にお伺いを立てると、順は振り向きもせず、誰と行くのかも問うこともせず、「うん」と頷いただけで、パソコンのキーを叩き始めた。
順の志望大学はセンター試験での点数が限りなく100パーセントに近い数字が求められる超難関校だ。
この頃は、話し掛けるのも躊躇うほど、近寄り難いオーラを発していた。