名前を教えてあげる。
「わあ、見して」
可愛らしい恵理奈の動画。
携帯電話が大好きな恵理奈は、順が手にした『動く写真が出てきて、もしもしするおもちゃ』目指してハイハイで突進してくる。
その無邪気な姿を観ていると、涙が出そうになった。はやり自分は母親なんだ、と思う。
「ちょっと見ないうちに大きくなったね…」
美緒が淋しそうにいうのと、順は艶のあるセミロングの髪をそっと撫でた。
「…ごめん。あともう少しだから。春になったら、家族3人で楽しく暮らそう」
順は美緒に背を向け、勉強机のある部屋に向かう。
目の前でパタンと襖が閉められた時、冷たい風が吹いた気がした。
いつもの台所、正方形の食卓テーブル。へたり始めたピンクとブルーの座布団。
主のいないパイプ製の子供椅子。
しんと静まり返った部屋に取り残された美緒はそれらを見下ろす。
つい数時間まえ、美緒は別世界にいた。
まばゆいステージ。
ビートの効いた音楽。
冬の夜気を裂くようにして走るビックスクーター。
夜のベイブリッジ。星を散らしたような夜景。
何もかもが、あまりにも違い過ぎた。