名前を教えてあげる。
背が高いだけで頼りない感じなのに、しなやかな動きの哲平は、女を魅了する何かがあった。
いかにもカップル好みな感じに照明を落とした店内。壁には造り付けの棚があり、ワインがずらりと並んでいた。
今日はスクーターではなく、電車だった。
日暮れにはまだ少し時間があるのに、
哲平はグラスの赤ワインを頼んだ。美緒はアップルタイザー。
いつも哲平は美緒に食事代を支払わせなかった。
映画鑑賞中、美緒は哲平の方を何度も見てしまった。
右の肘掛けに頬杖を付き、睨みつけるようにしてスクリーンを見つめる哲平の横顔。
「哲平って、武士って感じだよね…」
つい美緒は思ったことをするりと言ってしまった。
「は?」
哲平は苦笑した。
「あっ!」
美緒はふざけて、フォークとスプーンで十字を作り、防御の態勢をとった。
どんな風に馬鹿にされるかと身構えたのに、哲平は真顔に戻り、
「…お前、ハノイって知ってるか?」
美緒の目を見ずに訊いた。
「え、ハノイ…?」
いきなり出てきた馴染みのない地名に美緒はきょとんとした。
「ベトナムだよ。行くんだ」
哲平は、ワイングラスに手を伸ばした。