名前を教えてあげる。
「嫌だ…嫌だ…なんでベトナムになんて行っちゃうの…」
ビルとビルに挟まれたコンクリートの広場で、美緒は人目も憚らず、哲平のライダースジャケットの背中にすがりついた。
暗くなりかけた外は、急に気温が下がり、涙さえ凍えそうに寒かったが、そんなことは関係なかった。
「行くのやめてよ……お願い。私のそばにいてよ。私、心細いの。
順がいても駄目なの。哲平がいないと無理だよ…」
イタリアンレストランで、新しく運ばれてきた赤ワインを哲平から奪い、一気飲みしてしまったせいか、目の奥から熱い涙が吹き出てきて止まらなかった。
「……お前な〜俺が泣かせてると思われるじゃねえか……だから酒なんか飲むなっつうのに…」
哲平は困ったような、笑いを堪えているような複雑な表情をした。
「お前には、旦那も子供もいるじゃねえか。危なっかしい女だな…」
美緒は哲平の肩に押し付けた頭を、思い切り横に振った。
「…旦那とはいえないよ、順とはちゃんと結婚してないもん……最近は、順の事本当に好きなのかもわからなくなってきたよ…
恵理奈が出来たから義務で一緒にいるだけで、妊娠してなかったら、1年くらい付き合ってお別れする感じの人だったのかも……
順が大学生になったら、ますますすれ違うよ。
だって、順とは何もかもが違い過ぎる。私にはなんの取り柄もない。
親もいないし、頭も良くないし、お金もないし……」