名前を教えてあげる。
「え……」
今は少しでも哲平の体温を感じたくて堪らなかった。声が聞きたかった。温もりが欲しかった。
「………帰るか?」
美緒に逃げ道を与えるように、哲平が優しい声で言う。
18歳の美緒は、初まったばかりの恋を諦めることが出来なかった。不真面目な関係でも、繋がりが欲しかった。
美緒の唇から吐息のような言葉が漏れた。
「哲平のお部屋に連れて行って…」
無言のまま、哲平は美緒の右手を掴んで歩き出した。
「きゃっ!」
いきなりで、美緒はブーツの足元がもつれそうになったけれど、左手で哲平の腕を掴んでバランスを取った。
「なんでこんなことになるんだよ…おい…」
哲平は微笑み、美緒の肩をしっかりと抱く。
足が勝手に動いている気がした。
二人三脚みたいだ、と美緒は思う。
電車の戸口で、哲平と今にもキスを交わしそうなほど抱き合ったまま立つ。
まるで身体がくっついて離れないみたいに。
空席のない車内で、人々の視線が集まるのが分かったけれど、気にしなかった。
……もう止められない。
今、恋に堕ちていく……
こうなるのは初めから決まっていたのかもしれない。