名前を教えてあげる。
美緒は哲平の胸に顔を埋め、車窓からの風景を横目で眺めていた。
鼠色の重たい雲からは、花びらのような雪が舞い始めていた。
どこに行くの……?
順は、どうするの………?
コートのポケットに放り込んだリングが、美緒を諌めている気がした。
電車に乗る前、美緒は化粧室に寄り、薬指のリングを外した。
一昨年のクリスマスイブの夜、順から贈られた愛の誓い。
裏に施された『Eternity』(永遠)の刻印は順が選んだ言葉だ。
いいの……
哲平といたいの……
白く指輪のあとのついた左手。
美緒はその手で哲平のあご髭を弄って言う。
「やだ、めちゃくちゃ剛毛〜」
「…あとで美緒のも見せて」
哲平が普通の声でエッチなことを言ったので、美緒は焦り、周囲を見渡した。
さっと視線を逸らす人々。
なんだか可笑しくなって、美緒は哲平にくっついたまま、クスクス笑いが止まらなくなってしまった。
ベトナムには、子供の頃、家族旅行で訪れたことがある、とベッドで煙草を燻らせ、哲平は気怠げに言った。