名前を教えてあげる。
「……夏休みには、毎年、旅行するような家族だった。沖縄、ハワイ。弟とお揃いの服着せられてさ。
俺が小学6年の時。
その年なんでか知らないけど、親父はベトナムがいいって言い張って。
母親は嫌がって、ついに一緒に来なかった。
次の年の春に親父は脳梗塞で倒れたから、家族旅行はベトナムが最後。
それまで、ノーテンキなリゾートしか行ったことがなかったからハノイの、あの空気はショックだったね……」
哲平は煙草を揉み消し、美緒の剥き出しの肩を抱いた。
エアコンの効いたワンルームの部屋はとても快適だった。
「全ての景色が俺には優しかった。
ベージュの紗に掛かったみたいに綺麗なんだ。
行き交うバイク、市場の賑わい、花売りの屋台…その空気に溶けてしまいたくなる」
「いいね……」
頷きながら、行ったことのない異国の風景など、うまく頭の中に思い描けなかった。
美緒の思考は、間接照明のランプが灯る部屋で宙を彷徨う。
【アナザーワールド】
もうひとつの世界があるなら。
昔、小学校の図書室で借りたSF小説。太陽系の外にもう一つの地球とそっくりな星が存在するいうテーマ。