名前を教えてあげる。
田中みどり。
妊娠してしまった美緒の世話係だった養護職員の名前を久しぶりに思い出した。
「…確か当時、みどりちゃんは35歳だったはず。あれから、5年経ったから40歳か?まだ三田村学園で働いているのかな……?」
黒いバサバサとしたおかっぱ頭にずんぐりとした体型のみどりは、男性にはあまり縁がない感じで、学園の女生徒たちは、影でみどりのことを『ひでりちゃん』と呼んでいた。
(そのあだ名が男日照りをもじったものだと知ったのは、美緒が中1の時だった)
家出して以降、美緒は学園のことを考えないようにしていた。
8歳から世話になり、9年間生活した場所を勝手に出て行った。恩人に後ろ足で砂を掛けるような行為だったかもしれない。
子育ては、大変なことの連続で、ついヒステリックになってしまうこともあるけれど、出産を後悔したことは一度もなかった。
あの時、順と手を繋ぎ、横須賀を出て本当に良かったと思う。
順の誘いを断り、三田村学園に残る選択をしていたら、今、横にいる恵理奈は、この世に存在しなかった。