名前を教えてあげる。
上級生のやることを年下の子供は、すぐに真似をする。
もちろん、美緒も8歳の時からそうしていた。
みどりは一瞬、周りを気にするかのように店の中心に目をやったあと、何も塗られていない唇を開いた。
「…ま。もう5年も前のことだからね…もういいわ。生んだ者勝ちだね。
とにかく美緒が元気で良かったよ。
子供は女?男?」
「女の子だよ。名前は恵理奈。来年小学1年になるの」
答えながら美緒は思う。
みどりの早口と素っ気ない喋り方は、昔と変わってなかったけれど、雰囲気が少し柔らかくなった。
そういえば、以前はGパンにトレーナーばかりだったのに、目の前のみどりはざっくりとした淡いピンクのセーターに猫をかたどった金のブローチを着けていた。
美緒の知る限り、みどりがアクセサリーを身につけていることなどなかった。
「へえ。あのお腹にいた子が小学生になるのか。時が過ぎるのは早いわ。
ところで彼、中里順君って言ったよね?医学部志望のイケメン君。
今も一緒にいる?」
「あ……」
ふいを突かれて美緒は声を失う。1番訊かれなくない質問だった。
みどりからしてみれば、1番気になっていたことに違いない。