名前を教えてあげる。
「実は……」
美緒は俯いた。
「別れちゃったんだ…いろいろあって。今は違う人と住んでて、子供と3人で暮らしてる…」
美緒がいい終わらないうちに、みどりはふんっ!と荒い鼻息を吹いた。
「やっぱりねえ。あのお母さんとじゃ、うまくいかないかもって嫌な予感はしてたわ。お姫様だもん。
順君は純粋培養のお坊っちゃまだし。
まあ、私達とは住む世界が違うんだよね」
「……」
破局の理由はなんなの?と訊きたげな視線を美緒はまつ毛を伏せたまま、やり過ごした。
職業的訓練によって培われた節度ある態度で、みどりはかつての担当児童を追い詰めたりはしなかった。
その代わり、ほおおお…とおかしな溜め息をついた。
必要最小限の物だけをボストンバッグに詰め、三田村学園から姿を消した。
それから5年経ったとはいえ、のうのうと学園に問い合わせの電話を掛け、みどりの連絡先を尋ねるのは、やはり気が引けた。
しかも、今のご時世、個人情報の管理にはとてもうるさい。名乗ったところで、多分教えてはもらえないだろうと思いながら、電話をした。
案の定、出てきた職員(美緒の知らない声だった)に「教えられません」とそっけなく断られた。
しかし、諦めはしなかった。
最後の手段があった。
みどりの自宅の場所を美緒は知っていたから。