名前を教えてあげる。
抗がん剤は本当に副作用がきつかったけれど、私が死んだら、老いた両親は悲しみだけを抱いて短い余生を送ることになる。

それだけはしたくなかった。

長い間、ぎくしゃくした関係だったけど、やっぱりあの2人がいたからこそ、私がいるんだもん。

『先生』と呼ばれる立場にありながら、こんな当たり前のことを気付かなかったなんて、本当、どうかしてるわ」


「……」


みどりの家庭環境をうまく想像出来ない美緒は、彼女の話がひと段落しても、返す言葉が見つからなかった。


病気の件は切なかったけれど、結局は『自分は親に愛されているのだ』と自慢話に聴こえてしまった。


長く喋ったので疲れてしまったのか、みどりは俯いたまま、しばらく動かなくなった。


2人の間に置かれた細長いグラス。
もう、みどりのオレンジジュースも美緒のアイスティーも氷だけになっていた。


もう、そろそろ潮時だ。


婚約者に借金があり、その金を今月末までに返さなければならない。


ストレートに話して、ダメだったら、さっさ引き上げよう。



「……あんた、困ってるの?」


先に沈黙を破ったのは、みどりの方だった。




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