名前を教えてあげる。
「1度しか言わないからね」
「ええ?やだ!記憶なんて出来るわけないし!」
くだらないジョークだと思った美緒は、声を張り上げた。
「…コクブン ゴロウさん」
知らない男の名前を厳かに告げるみどりに、美緒は目をパチクリさせた。
「はあ⁈…何言ってんの?」
「あんたのお父さんの名前」
「お父さん…?」
気の強い祖母は、義理の息子だった男を蛇蝎のように嫌い、孫娘に名前すら教えなかった。
「昔ね。あんたが学園に入りたての頃だった。1度だけ訪ねてきたんだよ……
あんたが学校行ってる間にね。
娘と少しだけでもいいから、会わせてもらえないかって。
でも、事前に入院中のおばあさまから
『実父が来るかもしれないけれど、絶対に会わせないで欲しい』という強い意向があったせいで、面会は許可されなかった」
「えっ…」
長い間、とっくに死んだときかされていた実父が生きていた……
そんなこといきなり聴かされても、信じられなかった。
みどりは、目尻に柔らかな皺を作って微笑んだ。