名前を教えてあげる。
「朴訥とした感じの人で、私の好きなドラマに出てくる有名な俳優さんに似ていたから、とても印象に残ってる。
園長室に通された彼は、島根県にあるコクブン村っていうところで、農業をやっているといった。
…国分村の国分さんね。覚えやすいわね。
お婆ちゃんが倒れて、美緒が施設に引き取られたことを人づてに聞いたらしい…
心配でわざわざ山陰地方から訪ねてきたって。
あんたに会えなかったけれど、
『娘を頼みます』と頭を下げて
涙を流していたっけ……
……もし、あんたにその気があるなら、彼を探してみたら?
力になってくれるか分からないけど。
あんたの唯一の肉親だし、元気でいることを伝えるだけでも意味があると思う。
私には、守秘義務があるから今までこの事を言えずにいたけれど。
園長先生も定年してもういないし、私もあんたも学園をオサラバしたんだら、もう関係ない!」
長年つかえていたものを吐き出すかのように言い放つと、みどりは晴れ晴れとした様子で自分の胸元に両手を当てた。
「島根県の…コクブン ゴロウ……」
みどりと店の前で別れた後、1人でプラットホームに立つ。
そう寒くはない夜なのに、美緒の身体の震えは止まらなかった。
「コクブン ゴロウ…コクブン ゴロウ……コクブン ゴロウ……」
初めて聴いた父の名前を、無意識のうちに呪文のように繰り返していた。