名前を教えてあげる。
19歳の春⑴・裏切りのスノーボード
3月末。
美緒と順が一緒に暮らして、2度目の春が巡ってきた。
2人の住むオンボロアパートの前にある公園の主役は、角に植えられた1本の大きな桜の木だった。
去年の春も、もちろん同じ位置で美しい花を咲かせていたはずなのに、臨月だった美緒は、そこに桜の木があったことすら、気付かなかった。
それほど出産のことで頭が一杯で余裕がなかった。
あらためて、今の美緒と順を祝福するように、ソメイヨシノの大木は薄桃色の入道雲のような塊を揺らし、ほのかな芳香を漂わせる。
その為、花もない、ただでさえ地味な夾竹桃の根元には、花見客の持ち帰らなかったゴミで溢れてしまっていた。
しかし、美緒はそのことで胸を痛めたりしない。
公害に強いだけの木なんかどうでも良かった。
満開の桜にしか目がいかなかった。
浮き足だっていた。
いいことばかりが続いていたから。
サボってばかりでなかなか進まなかったけれど、本試験は一発合格、ようやく運転免許を手にすることが出来た。
美緒の首元を飾る華奢な金のネックレスは、19歳になった美緒への順からの誕生日プレゼントだ。
小粒のダイヤモンドが光るそれを、美緒は一目で気に入った。