名前を教えてあげる。


(哲平だ……)


瞬時に美緒は思うけれど、すぐに手にとらない。わざと放置する。


ひと月前。
哲平のアパートで一夜を過ごしてから、2人の関係はとても濃密になった。


でも、美緒は順の前で決して哲平のメールを読んだりはしない。


美緒にとって哲平は、丸めた手のひらに隠したキャンディのような存在だった。

美緒の好きなストロベリー味。


3日前、順が高校時代の同窓会で不在の夜も、美緒は哲平のアパートに行った。

哲平が作った春キャベツのボンゴレを食べた後、ベッドで愛し合った。

短い逢瀬を楽しむのは、その時で3度目だった。


4月半ばには、哲平はベトナムに行ってしまう。
ちょうどその日は、恵理奈の1歳の誕生日だ。

やっとよちよち歩きが出来るようになった恵理奈の小さな背中に大きな丸い餅をくくりつけ、お祝いしている時に、美緒の愛人は日本を旅立つ。


いつか消えてなくなる泡のような恋。

その事が、美緒の罪悪感をなくしていた。

こうして、順と一緒の空間にいると、心が痛むけれど、高校時代の友人達と今も交遊を保つ順に比べ、中退してしまった自分には何もない。

今になって、高校中退という人に言いづらい自分の学歴が悲しくなる。




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