名前を教えてあげる。


ベビーシッターに抱かれた1歳の恵理奈は、19歳同士の両親の幸せな姿に、ニコニコとご機嫌な笑顔を見せてくれるだろう。


それがここの星での本当の姿だ。


昨晩、トンネルで見た黄金色の回転灯の魔法は強力でまだ解けはしない。



哲平と腕を組んでロビーに差し掛かった時。


不思議な弦楽器の音色に、哲平の足が止まった。

ロビーの片隅に設えた小さな舞台のマイクスタンドの前に、地味なアロハを着た中年男が座っていた。


「何、あれ?三味線?」


美緒の無邪気な声に、周囲にいた人々が失笑する。

それでも、哲平は、

「三線(さんしん)だよ、沖縄の楽器だね」
と、教官らしい口調で言った。


「へ〜そっか、恥ずかし!」


美緒は舌をペロリと出す。


白髪交じりの髪を肩まで伸ばしたシンガーが再び三線を爪弾きはじめると、その哀愁漂う音色に、騒ついたロビーは静けさを取り戻す。


美緒も哲平の腕にぴたりとくっ付いたまま、耳を傾けた。


沖縄生まれの女が妻のある男に捨てられ、嘆く歌詞はあまりにも切なくて、美緒は胸が詰まった。

不倫。
道ならぬ恋。

哲平とここにいることを世間では不倫と呼ぶのかもしれない。
正式に結婚していないのだから、違うという言い訳は不誠実過ぎる。




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