名前を教えてあげる。
「じゃ、興味あったらよろしく」
焦り気味に言い、足早に去って行った。
戻ってきた哲平と男がすれ違う。哲平が男に鋭い視線を送ると、男は逃げるようにして走り出した。
「誰だ、あのデブ」
不機嫌に美緒の手から名刺を抜き取るなり、くしゃりと手のひらで握り潰した。
「あ〜、なんてことするの!」
美緒は頬を膨らませた。
別に構わない。仮にこれが本当のスカウトだとしても、これから中里家に嫁ぐ自分が、芸能の仕事など出来るわけがない。
でも、もっと面白がって欲しかった。
「テレビに出られるかもしれないチャンスなのにぃ!」
美緒が戯けて言うと、哲平は美緒のスキーウエアの左腕をぐいと掴んだ。
「……部屋に戻るぞ」
半分本気で怒った時の低い声で言った。