名前を教えてあげる。
「俺はお前を離したくない……この先もずっと一緒にいたい。俺ならお前を分かってやれる。お前のすべてを。
…今すぐに決めろとは言わない。ハノイに来いよ…」
哲平の声は苦しげで、わずかに震えていた。
一線を越え、踏み込んできた感情ーー
それは、渦状になって、戸惑いと煩わしさと切なさを美緒にもたらした。答えは、笑って誤魔化せるものではない。
「……そんなの無理。恵理奈のこと置いていけないよ…確かに今は預けっぱなしにしてるけど、私の子供だもん」
そう。私は母親なの。
普通の19歳じゃない。
どんなに切望しても、チャンスがあってもアイドルや女優なんかにはなれない……
どんなに本気の恋をしたとしても、その相手を選ぶことなんか出来ない。
なぜなら、自分には純潔を捧げ、永遠の誓いをかわした生涯の伴侶、中里順がいるのだから。
哲平が下を向き、何かを振り払うように叫んだ。
「ガキのせいにすんな!そんなもん連れてくりゃいい!」
美緒はその激しい口調に一瞬、肩をびくりとさせた。
闇の中で、はっきりと思う。
哲平はルール違反だ。
「先に哲平のこと好きになったのは、美緒の方だけど…哲平が最初に言ったんだよ……身体だけの関係でもいいかって。それで始まったんだよ。覚えてないの…?」
「……」
美緒の言葉に哲平は、右手で頭をガシガシと掻きむしった。