名前を教えてあげる。
横になったまま、哲平は気怠く部屋の中を見渡した。
2つ並んだベッド、小さな丸テーブルとビニールクッションが貼られた椅子。
壁に据え付けられた鏡の付きのチェスト。
ホテルの立派な外観に比べ、すべて古びて、くたびれてしまっている。
青いアネモネの花束が描かれた小さな絵。
いつからあるのか、鑑賞どころか多分誰にも存在すら気付かれないだろう。
紫煙が螺旋を描いて、ゆっくりと天に消えてゆく。
男のつぶやくような低い歌声と共に。
私があなたに惚れたのは…
19になった…春でした…
いまさら、別れるというのなら…
もとの19にしておくれ…
枯れ木に花を咲かせるなら…
それもたやすい…ことでしょう…
哲平はベッドに仰向けになったまま、片腕で顔を隠し歌を口ずさむ。
数時間前耳にした、うろ覚えの沖縄民謡。
「ククッ…」
煙草の臭いと情事の残り香が充満する中で、やがて忍び笑いを漏らす。
「…あんなガキに本気になって玉砕かよ…だっせえ……」
はははは、と声に出して、笑った
その時、サイドテーブルに置いた美緒のメタリックレッドの携帯が鳴った。