名前を教えてあげる。
恵理奈とは違う目……
もう少し細くて、吊りあがっている。
『ゆかり』という名前が思い浮かぶ。
三田村学園にいた上級生。
おどおどとして、前髪を目が隠れる位伸ばしていた彼女には、禍々しい噂があった。
ーーママチチにいやらしいことされていて、ここに避難してきたんだって…
当時小学2年生だった美緒にも、それが生涯消えない傷だというこということだけは分かった。
ゆかりとは、いつも夕飯後、団欒室で一緒にバラエティ番組を見た。他の子どもも交えて。
同年代の子供が苦手なゆかりは、小さい子の輪に入るのを好んだ。自分からはあまり話そうとしなかった。
ーーね、ゆかりお姉ちゃん、赤ちゃんてどこから来るの?
ある日、美緒が何気なくした質問にゆかりは真っ赤になって
「こうのとりが連れてくるの!」
と捨て台詞のように言った。怒った口調に美緒はびっくりして、ゆかりのことが少し嫌いになった。
ゆかりは時々、なんでもないことで声を荒げることがあったので、段々と子供達から敬遠されるようになった。
そして、美緒が入所して半年後。
深夜、三田村学園に救急車が呼ばれた。
担架に乗せられ運ばれたのは、パジャマ姿のゆかりだった。それきり二度と帰ってこなかった。