名前を教えてあげる。
紀香の場合、スムーズに事が運んだのは、紀香の前夫が電器屋の店員という職業を持った社会人だったせいだろうけれど、美緒には羨ましい話だった。
『でも、お金ないから、前ダンの家に間借りさせてもらって一緒に暮らし始めたらあ、喧嘩ばっか。
前ダンは金遣いが荒くてさ。あんまり金銭感覚がねえんだよね。
姑さんも子育てにいちいち口挟むの。
もう毎日イライラし通し!
そあらが臨月の頃、前ダンがキャバクラ通いしてることがばれて。
もうマジ嫌気さして、実家に帰っちゃったんだ…』
紀香はなんの気なく発言する「実家」と言う言葉が美緒にはとても羨ましかった。
同じ市内なのだから、同居すれば家賃も浮くのに「メンドくせえから絶対ヤダ」と紀香はにべもない。
彼女の父親は、自転車店を営む気の好いおじさんだ。
紀香そっくりの母親は、チャキチャキとした働き者で、ものすごくお似合いの夫婦だ。
2人とも娘の親友で、シングルマザーの美緒をとても気にかけてくれる。
恵理奈が今乗っている子供用自転車は、売れ残りだからと、おじさんがタダでくれた。