名前を教えてあげる。
「ねえ…美緒、こんなこと言ったら悪いんだけど」
後部座席から紀香が切り出した。
「なあに?」
ハンドルを持ったまま、美緒はルームミラーから紀香の顔を見る。
すると、紀香はルームミラーから、さっと視線を逸らした。
何かある、と思った美緒は即座に笑いながら、思いついたことを口にした。
「あ、分かったあ!ノリ、結婚するとか?」
「ばあか、ざけんな!そんな奴いるわけねえだろ!」
紀香は、運転席のシートを両手で掴んで締め付ける仕草をして揺らした。
『超重い女』を自称する紀香は、離婚以来、超短期の恋愛を繰り返したあと、今は男性不信気味になっていた。
「ごめん、うそぴょん、何か?」
戯ける美緒に紀香は、自分のネイルを弄くる仕草をして、言いにくそうにした。
「ぶっちゃけ、こうちゃんのことなんだけど…」
「ええ、何?」
光太郎のこと、と聞いて美緒は背筋を伸ばして食いついた。
今年の夏に、光太郎の働いていた工事現場の行事でバーベキューあった時、紀香親子も誘ったから、光太郎と紀香は面識があった。
「うーん。見ちゃったのよね!この間の水曜。確かにあれは光太郎だったよ」
紀香は開き直ったように言い放つと、シートの背もたれに身を投げ出すようにして寄りかかった。