名前を教えてあげる。
「別れてえなら、慰謝料払え。
俺たち婚約してるんだ。母ちゃんにもお前のこといってあるから、今更何もねえじゃ済まねえからな。金額はお前の誠意に任せるからよ?」
「……」
何も答えず、泣き続ける美緒に光太郎は「チッ」と舌打ちをして、部屋を出て行った。
光太郎が投げた四角く青いものに美緒は視線をやる。
カチカチに凍った保冷剤だった。
手に取る気にはなれず、恵理奈を抱いたままでいると、光太郎の足音が遠ざかり、玄関のドアが開閉する気配がした。
出て行ったんだ……
安堵して美緒が目を瞑ると、やがて外の駐車場から小さく車のエンジンがかかる音が聞こえてきた。
「ママあ。こうちゃん行っちゃったからもう大丈夫だよ!まだ夜の2時だから。寝よう。明日、保育園に移動動物園が来るんだ!」
涙の筋を頬っぺたに残した恵理奈が、にっこりと笑った。
何このハンパない安堵感……
憑き物が落ちたように、美緒の肩は軽くなっていた。