名前を教えてあげる。
「…私ね、小っちゃい頃、猿島ってたくさん猿が住んでるんだってずっと思っていたんだ」
言ったあとすぐ、しまった、と後悔した。
我ながら、下らない話だと思った。
中里順は物知りだし、どんな質問をしても馬鹿にしたりしない、とわかっていたけれど、これはナイ、と思った。
「えっ、マジ?」
順は意外にも興味深げに目を輝かせた。
美緒は嬉しくなって続ける。
「でも、私のおばあちゃんは大昔は知らないけど、猿なんか住んでないよって言ったの。
なんだあって騙された気分だった。
……でもね、ある時、海岸から、猿島じぃっと見てたら、なんか猿が見えた気がしたんだ。豆粒みたいな猿が2匹くらい海水浴してるの。
わあっ!いるじゃんって、すごくびっくりした。
でも、おばあちゃんは信じてくれなかった。
あれは幻だったのかなあ?今でも不思議なんだ」
順は、豆粒みたいな猿、というフレーズにウケてぷっと吹き出した。
「俺、中3の夏休み、友達と渡し船に乗って海水浴しに行ったことあるよ。猿いなかったよ」
「えっ渡し船⁈」
一瞬、美緒の頭の中に、時代劇に出てくるような木の船が浮かびあがり、思わず大きな笑い声を立ててしまった。