名前を教えてあげる。
ほのかに甘みを含んだ空気。

針葉樹の山に四方を囲まれた晩秋の風景は、人をセンチメンタルな気持ちにさせる。


前世でここに住んでいたのかもしれないな…


国分村の土を踏んだ瞬間、美緒はそう思った。

パンパンのボストンバッグを右肩に掛け、左手には嵩張る大きな紙袋を持って、陽が少し落ちてきた田舎道を恵理奈と歩く。

通園に使っている水色の小さなリュックをしょった恵理奈は、都会とは違う景色に、キョロキョロと興味深げだ。


まず、バス停のすぐそばにある小さな村役場を訪れた。
カウンターの向こうにいた中年女性に声を掛ける。


「あの。ファームステイの野口美緒と申しますが。農業振興課の倉橋さん、お願いします」


「ああ、どうも!」


奥から大きな声がして、頭の禿げた大柄な男が現れた。


「野口です。お世話になります。あの良かったら、これどうぞ」


美緒がお辞儀をしたあと、手土産の煎餅の菓子折りを差し出すと、倉橋は笑いながら、眉をしかめ、

「ああああ!そんなことせんでいいですが!そんな気を使わないで
下さい!」

と言いつつ、手をひらひらさせた。





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