名前を教えてあげる。
「いえ。わがままを叶えて頂いて。このくらいさせてもらわないと…」
美緒は、さらに紙袋を倉橋のほうへ押しやった。こういったやり取りは慣れていないから、笑顔が引きつってしまう。
「いえいえいえ。こんな気遣いはいらんです」
倉橋も頭を下げてさらに固辞する。
「あ、いえ。そんなわけには…」
「イヤイヤイヤ」
美緒は段々イライラしてきた。
(遠慮しているのは分かるけれど、
しつこすぎる….!こんな嵩張るもの、返されても困るっつうの!)
「いえ。本当につまらないもんなんで!」
少しキツ目にいうと、倉橋は
「それじゃ、有難く頂きます」
と、ようやく頭を下げた。
本名の五百部ではなく、婚約者の名字
「野口」を名乗ったのは、国分五郎に警戒されないように、という美緒なりの考えからだった。
五郎が美緒に会いに三田村学園を訪れたのは、15年以上前の1度きりのことで、後はなんの音沙汰もなかったのだ。
情況が変わり、今は娘との再会を望んでいないかもしれない。
男の心は、少しのきっかけで白だったものが黒に変わると身に染みて分かっているから、そうだとしても五郎を責めるつもりはなかった。