名前を教えてあげる。
ファームステイ申し込みの時に、母子家庭であることは伝えていた。
不思議なほど親切に迎えられたのは、こういう狙いがあったのか、と美緒は納得した。
「いいえ、私は約束をしている人がいるんで」
素っ気なく言うと倉橋は、
「そうですか、ダメですかあ。残念だなあ」
と薄くなった眉を歪め、本当に残念そうな表情をした。
国分五郎の家は、今時希少な茅葺き屋根の家だった。
「ママぁ、私、このおうち絵本で見たことある。昔話のおじいさんとおばあさんが住んでいる家だよ」
恵理奈が嬉しそうに美緒の腕を引いて言う。
よく手入れされた屋根の茅は綺麗に揃い、蜘蛛の巣ひとつない。
建物自体は古いけれど、不潔感は全く無く、落ち着いた風情に、この家の揺るぎない歴史を感じた。
緑の垣根に囲まれた敷地には、母屋の他に二階建ての離れとその奥に蔵が建てられていた。
離れの前に、白い軽トラックが一台停めてある。
よく見ると倉橋のトラックと同じ車種だった。
クンクン…
土と草の匂いの中、美緒の鼻は、かすかな動物臭を嗅ぎ取った。
都会には、ない臭い。
「ほいほい。おじゃまするよ〜」
倉橋は、ガラスの入った引き戸を勝手に開けてズカズカと入り込む。中は薄暗い。