名前を教えてあげる。
「うわあ!……とと」
バリアフリーなど関係なしの高い敷居をまたぎ損ね、パンプスのヒールをぶつけた美緒は、つんのめった勢いで2,3歩速足になる。
そして、造り付けの下駄箱の上に飾られた奇妙な物体を見つけ、悲鳴をあげた。
「いやっ、なにこれ?」
それは、ひと抱えもある茶色いマーブル模様の不気味なオブジェだった。
「きゃあ!かぼちゃのオバケ」
恵理奈もびっくりして、母親に飛び付いてきた。
倉橋は、ははは、と笑った。
「スズメバチの巣ですが。縁起がいいとされとるんですわ………五郎さん、おらんかな。おーい、都会からお客様来たぞお!」
奥の座敷に向かって叫ぶが、家の中は静まり返り、なんの反応もなかった。
(あ…)
美緒の敏感な鼻は、土壁と畳の臭いの他に、何かが燃える臭いを嗅ぎ付け「なんか焦げ臭い…」とつぶやいた。
「なんだ…裏かね?」
倉橋は、くるりと身体の向きを変え、玄関とは別の木扉から中庭へと出る。
そこは、たくさんの鉢植えが置かれた雑然としたスペースだった。
雑草も伸び放題で、花といえばツワブキくらいしかない。それでも、花のない今の季節、向日葵のような黄色は人の心を和ませた。
どうやら勝手知ったる他人の家で、倉橋の歩みは早い。