名前を教えてあげる。
「五百部!仕事中!」
順が笑いながら、肘で美緒を突つく。
ちょうど買い物カートを満載にした女性が近づいてくるところだった。
美緒が笑い声を引っ込め、背筋をピンと伸ばした時。
ふわりと耳元に人の息遣いを感じた。
「…バイト終わったら、猿島見に行かないか?俺、自転車だから後ろに乗っけてやるよ」
美緒は更衣室で混乱していた。
足元がふわふわ浮き、身体は今にも駆け出したくなる想いなのに。
四角い鏡に映ったセミロング・ヘアの自分は薔薇色の頬をしている。けれど、頭の中は逡巡していた。
思いがけない順の誘い。男の子の自転車に2人乗りするなんて、初めてのことだ。
制服のブレザーにワインレッドのリボンタイ。
膝上丈のスカートで荷台に跨がれば、風を受けた時、パンツが見えてしまうかもしれない………
そんなことより美緒の胸につかえるのは、午後8時と決められた学園の門限だった。
アルバイトしている者は少し大目に見てくれたけれど、それも最長9時まで。
それ以上は規則違反で懲罰の対象になる。
門限破りなどしたことがなかった。
アルバイトを8時に終え、自転車で海岸へ行ったとしたら。
片道20分以上はかかる道のりだ。