名前を教えてあげる。
どう考えても門限には間に合いそうもない。
ーー断ろう……
美緒が紺の通学バッグを肩に掛け、更衣室を出ようとすると、猪瀬アキと鉢合わせになった。
アキは携帯電話を耳に当てたまま、あさっての方を向き、美緒を黙殺した。
美緒と順がペアになってレジに入ったことで、アキの機嫌は悪かった。
周囲に誰もいないと分かった途端、美緒の背中に向かって悪態をついた。
「今時、ケータイ持ってねえ奴なんて、信じらんねえ!私だったら死んだほうがまし!」
三田村学園は生徒の携帯電話の所持を認めていなかった。
携帯電話は、美緒が喉の奥から手が出るくらい欲しいものだった。
ーー誰だって、当たり前に持ってるのに…
ぶつけどころのない感情に美緒は拳を握りしめる。
携帯電話だけではなかった。
友達と夕飯を食べながらするカラオケ。
映画のレイトショー。ボーリング。
夜遊びと呼ぶにはあまりにも無邪気で罪がないそれは、青春を彩る1ページとなるはずだ。
クラスメイト達は皆、普通にやっていることなのに。
美緒には、自由に使えるお金が少ない。
8時には帰らなければならない。
ほとんど参加することはなかった。