名前を教えてあげる。
瞬時に美緒は私に似ている、と感じた。それは昔、横須賀の家で仏壇に置かれていた母の遺影と同じと思われた。
祖母は、美緒が三田村学園に入って半年後に亡くなり、遠縁の者が無縁仏のようにしてどこかに葬ったと、養護教員の田中みどりが教えてくれた。
無力な子供だった美緒は祖母の墓も、母の遺影も探すことも出来なかった。
「私、この写真、知ってるう…」
あの写真は、こんな物語を持っていたのだ。
「紗江の成人のお祝いに撮った写真だよ」
写真の中の母は、深紅の地に大輪の牡丹と蝶が舞う振り袖に身を包み、立ち姿で美緒に笑い掛けていた。
バレリーナらしく、アップに結ったうなじのラインはとても優美だった。
「この時、お前さんはもうこの中にいたんだよ」
五郎は赤い着物の腹をゆび指した。
「……でも、紗江の母親である婆さんは、俺たちの交際に猛反対だった。
高校卒業後、大きなバレエ団に所属して、更にロンドンへのバレエ留学を目指す紗江は自慢の娘だったから…
34歳の男が19歳の小娘を誘惑したって婆さんは激怒した。
紗江はボストンバッグひとつだけ持って家出をして、俺のボロアパートに住み着いた。
紗江の一途な気持ちに俺は、彼女を追い返すことが出来なかったんだよ……