名前を教えてあげる。
美緒は躊躇していた。

決心がついたのは、ようやくニュース番組のエンディングテーマが流れ出した時。


「あの、お父さん…お願いがあるんですけど」


改まって正座に座り直し、上目遣いに切り出した。


「お?なんだ?」


湯呑みを片手に五郎は美緒を真っ直ぐに見る。


「…んと、実は…婚約してる人に借金があって……今、困ってるの……助けてくれないかな?」


「う?…あ、ああ」


思いがけない美緒の申し出に、五郎の茶色の瞳に戸惑いの色が浮かんだ。


「金か…まあな。そういうことだな…」


視線を下にして、俯く。

五郎を失望させてしまった。
息苦しくなり、美緒は頭を下げた。


「本当にごめんなさい……」


「で、いくらだ…?」


五郎は、こたつテーブルの上のみかんの鉢に視線を留めたまま、訊いた。


「50万…」


「そうか…50万か…」


五郎は、美緒を見ずに溜め息を吐いた。
生き別れた娘がいきなり訪ねてきた。それは、父親に逢いたい一心で探し出してくれたと五郎は思い込んでいたに違いない。


「考えさせてくれ……お休み」


五郎は、よいしょ、と膝に手をついて立ち上がった。


「お休みなさい…」


襖の向こうに消えた、五郎の肩幅の狭い丸まった背中。



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