名前を教えてあげる。
2年の夏に出来た彼とは、1度だけキスをした。
好きだったのかと問われれば、
『多分そうだったのかもしれない』と答えるしかない。
恋をすることによって、普通の女の子になれると思っていた。
あの子たちでは、駄目だった。
順でなければ。
順は、美緒を灰色の闇から救い出してくれた。
あの日、横須賀のペリー通りの海岸から見た夜の海。
猿島は墨のような闇に紛れてしまい、黒いシルエットのようにしか見えなかった。
ぽっかりと黄色がかった満月が宙にうかぶ。
クリームイエローの月光の下、お互いの制服が汚れてしまうのも気にせず、砂浜に座り込んで潮風を受けた。
ーーなんだ…全然見えねえじゃん。心の目で見ろってか?
順はそんな冗談を言って美緒を笑わせた。
ーー夜は暗いっていうの、忘れてたねえ。
美緒も笑いながら返す。
猿島なんかどうでもよかった。
順といられれば。
子供時代に受けていたと同じ風。匂い。湿った肌ざわり。
さっきまで順の肩に両手をつき、自転車の車軸に立ったスタイルで2人乗りしていた。
その乗り方は、順が教えてくれた。
チェックのスカートがまくり上がるのを気にしなくてもいい乗り方。