名前を教えてあげる。
赦すよ……
喉の奥から搾り出された順の一言は、美緒を地獄からすくい上げた。
「…ありがとう…ありがとう。順。ごめんなさい、ごめんなさい……反省してる…ごめんなさい…もうしない、絶対しない…!」
胸につかえていた黒い塊が涙となって、一気にこみ上げてきて、美緒は順に縋り付いて泣きじゃくった。
けれど、順の手が美緒の身体を抱き締めることは、ついになかった。
その夜、順はひたすら月を見ていた。
夕飯も食べずに。
暖かな夜だった。
桜の蕾は、今にも開きそうに風にしなっていた。
順は、ずっとパソコンデスクの椅子に座って、窓から群青色の夜空を眺めていた。
1人分の食事なんて作る気がしない。美緒はカップラーメンで済ませた。
「順…まだ寝ないの?」
いつまでも消えない隣室の灯りに美緒は起き出した。
こんなことがあった日、眠れないのは当たり前だ。それでも順が自分の寝ている布団に忍び込んできて、身体を求めてくるのを美緒は密かに期待していた。
ムシがいいと分かっている。
でも、それでやっと本当に赦されたと実感できるのに。
「また、風邪がぶり返しちゃうよ…」
フリースのパジャマの袖口を噛むようにして言う。