名前を教えてあげる。
・婚約破棄
順が出て行った3日後。
中里家の代理人を名乗る男性と家政婦の矢田育子がアパートに現れた。
矢田の胸には、もうすぐ1歳になる恵理奈がいた。
可愛らしく親指を咥え、祖母・春香好みのピンク色のひらひらレースの洋服を着せられた恵理奈は美緒を見ると、ニイッと笑った。
透明で邪気のない瞳に、美緒は泣きそうになってしまった。
順を失った今、恵理奈だけが心の支えだった。
「恵理奈、元気だった?」
4ヶ月ぶりの再会は素直に嬉しかった。
恵理奈は、顔の輪郭が少しスッキリとした。
少し太ったみたいだった。
顔見知りなのに矢田は挨拶もせず、強張った表情のまま、美緒に恵理奈を手渡した。
(矢田さんは、知ってるのかもしれない…私がしたことを…)
そう思うと美緒も矢田の顔を見れず、俯いた。
気まずい雰囲気の中、恵理奈だけが無邪気な笑顔を振りまいていた。
「じゃ、これから大事なお話がありますから。お邪魔になりますから、私は恵理奈ちゃんと外で待っています」
矢田は美緒から恵理奈を奪うように抱き上げた。恵理奈は母親から引き離されても泣きもせず、おとなしく矢田の顔を見上げていた。