名前を教えてあげる。
美緒の声は嗚咽で掠れ、時々、聞き取れないほど小さくなった。

外からサーッという音と、パラパラと雨粒が葉に当たる音が聴こえてきた。濡れ縁を隔てた裏庭には、大きな紫陽花があった。


恵理奈は、初めて聴く父親の話を唇を噛みしめるようにして、大人しく聴いていた。


「ママは…もうパパに逢うことはないと思う。
でも、恵理奈には、逢う権利ある。いつか恵理奈がパパに逢いたくなったら、逢いにいってごらん…」


「ママ…!」


恵理奈は小さな腕を広げ、涙を手の甲で拭う美緒の身体に縋りついた。


「大丈夫、大丈夫だよ。ママ!泣かないで。
私、大人になったら、パパに逢いに行くね。その時はママも一緒だよ……
恵理奈も一緒にごめんなさいしてあげる…勇気出して。きっとまた仲良しになれるよ」


恵理奈は、美緒に内緒話をするように耳元で囁いた。
かすかに聞こえる雨音の調べのように。





昨夜の雨は朝方に止み、地面はすでに乾き始めていた。

雅子は早朝から、バタバタしていた。
慌ただしく、携帯電話を取り出して、夫の伸明と会話をする。


「あ、ノブさん?腰紐が見当たらないんだあ。ピンク色の長い紐だがね。腰紐、腰紐!布の!
私の箪笥の1番下に入ってないかね?ちょっと見てくれない?」




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