名前を教えてあげる。
涙がこぼれないように顔を上げた。


(せっかく晴れ着を着ているのに暗い顔をしちゃ、死んだお母さんががっかりしちゃう…馬鹿な美緒、お母さんが残してくれた綺麗な着物に涙なんか似合わないって….)


美緒は心を奮い立たせた。


「じゃあ、五百部美緒!津軽海峡冬景色歌いまあす!」


小指を立ててマイクを持つふりをして、戯けてみせた。


「いよっ!歌姫美緒!頑張れ!」

子供達や雅子が手を叩いてノセるものだから、美緒は振袖姿でうろ覚えの演歌を披露した。

ちょうどワンコーラス歌い終わった頃。


「美緒!ちょっと来てくれんか?」


襖を隔てた隣室から、五郎の大きな声が聴こえた。


「なあに、お父さん?…ごめんね、皆。ちょっと休憩ね!」


雅子達に手を振ってから美緒達が寝起きしている部屋に行くと、五郎が手持ち無沙汰に佇んでいた。


「お待たせ〜慣れない着物だから、歩きにくい、歩きにくい。ペンギンみたいになっちゃう。どうしたの?」


戯ける美緒の前で五郎はズボンの後ろポケットから、すっと茶封筒を取り出した。

「ほら。これ」

「え?なに、手紙?」

「…50万だ。農協から下ろしてきた」

「え…」


胸に押し付けるようにされ、美緒は戸惑いつつも受け取ってしまった。



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