名前を教えてあげる。
「今まで親らしいこと、何ひとつもせんで来たからな…これで借金返してな、婚約してる人と幸せになるんだぞ……
恵理奈の為にあったかい家庭作れや……な?」
慈悲深い眼差し。美緒の顔を覗き込む茶色い瞳があまりにも優しくて、美緒の胸から喉に掛けて大きな塊が込み上げてきた。
「ありが…」
とう、という言葉を搾り出そうとした瞬間。
喉の奥で堪えていた何かが弾けた。
「嫌だ…!」
涙腺が壊れたようにポロポロと涙が零れ、止まらくなった。
「嫌だ…嫌だ。帰りたくない、帰りたくないよ。ずっとここにいたいよ、お父さんのそばにいたい……
私、6日ここに居ただけなのに…ここが大好きになっちゃったの…
恵理奈もこの家が好きだって…
お父さん…私達、ずっとここにいたら…ダメかなあ……?困る?
私、早起きしてもっと畑手伝う、ご飯も作る、薪割りもするから…お願い…」
五郎は何も言わず、うんうん、と大きく頷きながら、子供のように泣きじゃくる美緒の細い背中をいつまでも撫でさすってくれた。