名前を教えてあげる。
ーー小児科医になりたいんだ……
今じゃ無茶苦茶健康だけど、俺、小さい頃、小児喘息で何度も入院したことがあってさ。
その時の主治医がすげえいい人で。診てもらうとあんなに苦しかった発作が嘘みたいに治っちまう。俺にとっては魔法使いだよ。
子供が大好きな人で、めちゃくちゃ忙しいのに、ウルトラマンの話とかしてくれるんだ。名前も覚えてないけど、優しい笑顔は忘れられないな。
すごく過酷な仕事だって分かっているけど、その先生みたいになりたい。病気と戦う子供を1人でも救いたいんだ…
ーーふうん……
ドキュメント番組に出てくるような話だ、と美緒は遠く感じた。
美緒は卒業したって、何になる気もない。
進学なんて出来るわけがないし、ただ、少しでも待遇と給料の良い仕事場を見つけるだけだ。
周りの生徒達も似たようなものだ。明確な目標など持つ方が難しい時代。
順の情熱は、真綿に水が染み込むように静かに伝わってくる。
美緒にとって順は、心から尊敬出来る唯一の人間になった。