名前を教えてあげる。
「何それ〜?適当お〜!」
美緒は両手で紫の湯をバシャバシャとした。
浴室内で、美緒の語尾を伸ばした声が歌のように響き渡る。
「本当、本当……でもさ」
順は美緒の目を真っ直ぐに見た。
「俺、美緒のお母さんに感謝するよ」
「お母さん?」
「美緒っていう可愛い女の子を生んでくれて、俺と巡り合わせてくれたことにありがとうって。
きっと美緒のお母さんも素敵な人だったんだろうね」
「えっ…」
美緒の手が止まった。
17年間生きてきて、他人が母親を褒める言葉を初めて聞いた。
皆、彼女の事を哀れむしかしなかった。
温かい湯の中にいるのに、美緒の身体に鳥肌が立つ。
「順……」
両手で顔を覆って泣き出した美緒の肩を順はそっと抱き寄せた。
「そっか、美緒はお母さんの顔も知らないんだったね…ごめん…泣かすつもりじゃなかった…」
ーーお母さん、お母さん………
美緒は心の中で呼んだ。
湯よりも優しい人のぬくもり。
記憶の欠片にすらない、母親の腕で抱きしめられているように感じた。