名前を教えてあげる。
17歳の秋・受胎
待合室の柱時計は、もうすぐ11時半を指していた。
ーー今、何の授業かな…?
美緒は黒い合成皮革のソファに座り、ぼんやり考える。本来なら学校にいる時間だった。
制服のブレザーではなく、膝丈の紺色のワンピースを着ていた。
隣に座る養護指導員の田中みどりは、来た時からずっと備え付けの女性週刊誌を読み漁っていた。
まるで美緒を無視するかのように。
元々、無愛想な田中だが、心なしか今日は朝から不機嫌だった。
通常の身体ではない美緒を気遣う様子はみじんもみられなかった。
無理もない。
こんな役目は、貧乏くじをひいたのと同じだ。
養護する立場として、監督責任が問われてしまうかもしれないのだから。
30代半ばで独身のみどりだって、こんな場所には来たくないはずだ。
そう広くはない産婦人科の待合室は混み合っていて、もう2時間も待たされていた。
お腹が突き出た妊婦達は、一様にソファにふんぞり返るように座り、自分が大事な身であることを主張していた。
美緒は、それを必死に無視していた。
妊婦など、今の美緒にとって忌まわしい存在でしかなかった。