名前を教えてあげる。
看護師は体温計と紙コップを差し出し、みどりはそれを受け取った。
「美緒、はい」
みどりは邪険に体温計を寄越した。美緒は、言われるままにそれを首から差し込み、脇に挟む。
待合室のテレビは女2人が旬の野菜を使った鍋料理を紹介していた。
その映像をぼんやり見ながら、美緒は昨夜の出来事を思い出す。
順の両親が青ざめた表情で園長室を訪れたのは、午後10時を過ぎだった。
順はブレザーの制服姿だった。
大手繊維メーカーの重役だという順の父親と、目を赤く腫らした母親の後ろで、順は俯いたまま、顔をあげようとしなかった。
『電話の件は、本当ですか?』
部屋に入るなり、ゴルフシャツを着たいかにも紳士然とした順の父親が訊き、園長が、
『本人がそう言ってます』と答えた。
すると、ドン!という大きな物音が室内に鳴り響いた。
はっとして、美緒が顔を上げる。
順の父が、息子の襟首に掴み掛かり、壁に勢いよく押し付けた音だった。
父親よりも大きな順の身体は、その場にずるずると崩れ落ち、父親は覆いかぶさるようにして息子の頭を叩き続けた。