名前を教えてあげる。
『お前は馬鹿だ…!何をやってるんだ!お前は本当に馬鹿だ!』と怒鳴りながら。
順の母がやめて!と叫んで、静止しても止まらず、園長や職員達が間に入って、やっと2人を引き離した。
それは、まさに修羅場だった。
順は、叩かれても一切抵抗せず、両腕の中に顔を埋めたまま一言も発しなかった。
垂れた長い前髪の隙間から覗き見える唇は、固く結ばれていて、自分の無力さを悔やんでいるのが分かった。
そして、決して美緒の方を見なかった。
美緒を見ようとしないのは、順だけではなかった。順の両親も。
園長も。田中みどりをはじめ、他の職員も。
ーー私はお腹に赤ちゃんがいる汚れた人形だ…
美緒は思った。
汚れた人形は面倒なだけだ。
誰からも必要とされない。
しかも、恐ろしいことに人形は腹に子供を宿している。
棄てるしかない。
忌まわしい存在だから。
『…とにかく、うちで出来ることはしますから』
順の父親がそう言って、中里家の人間は、帰っていった。
夢遊病みたいにふらふらした足取りで園長室を後にする順は、先週逢った時の快活な順とはまるで別人だった。