名前を教えてあげる。
(順は、やはり美緒とは違う…)
美緒は思う。
裕福な家庭で無償の愛が当たり前の環境で育った順とは根底が違う。
美緒にとって、大人は頼りになる存在ではない。
祖母と暮らしていた頃も、今も、17年間、ずっと大人達の機嫌を損ねないようにしていた。
田中みどりが苦虫を噛み潰したような顔で帰ってきた。
診察が終わった美緒は、一足先に待合室に戻り、みどりが園長代理として、今後の処置について医者と話し合うために残されていた。
「あのね、美緒」
待合室の隅に、美緒を誘導したみどりは、今までとは違う優しい声で言った。
「順君のお母さんから、朝、電話があってね、言ってたことなんだけど。
順君、希望大学の推薦入試を受けることが決まってるんだって。学年で1人しか選ばれなくて、よっほどの事がない限り、その試験で合格するんだって。
あんただって、このあいだ受けた住み込みの温泉ホテルの仕事、内定もらったでしょ?
大卒だってあぶれちゃうこのご時世に、高校しか出てない美緒があんな名の知れたところにすんなりと就職出来るなんて奇跡だよ?
これから、どうすればいいのかわかるよね?」